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札幌高等裁判所 昭和54年(ネ)142号 判決

控訴人

金住吉恭

右訴訟代理人

庭山四郎

被控訴人

丸信新栄企業株式会社

右代表者

木村伊佐夫

右訴訟代理人

馬見州一

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1項の事実〈編注・本件約束手形の振り出し〉及び控訴人が現に手形(三)ないし(五)を所持していることは当事者間に争いがなく、控訴人から手形(一)が甲第九号証として、手形(二)が甲第一〇号証として提出されているから、手形(一)及び(二)も現に控訴人が所持しているものと認めることができる。そして、甲第九ないし第一三号証(手形(一)ないし(五))の裏書欄には訴外会社から控訴人への裏書の記載がある。したがつて、控訴人は、被控訴人振出にかかる、裏書の連続のある手形(一)ないし(五)の所持人であるということができる。

二そこで、信託法一一条違反の主張について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被控訴人は、昭和五〇年五月三〇日、訴外会社との間で、注文者を被控訴人、請負人を訴外会社とする建物新築工事の請負契約を締結した。右契約においては、工事期間は昭和五〇年六月一日から同年九月一〇日までとするが、一階パチンコ遊技場店舗の工事は同年七月三〇日までとすること、報酬は総額一億三〇〇〇万円とし、契約時に現金で二〇〇〇万円を、建方完了時に三〇〇〇万円を満期を昭和五〇年一二月三〇日とする約束手形を振出してそれぞれ支払うこと、残額は建物引渡時に金額を各六六七万円(但し、最終回は金利を加えて七七八万円余とする。)、満期を昭和五一年一月から同年一二月までの各末日(但し、最終回は一二月三〇日)とする約束手形一二通を振出して支払うこととされていた。

そして、現金二〇〇〇万円は契約時に支払われ、建方完了時に交付されるべき金額三〇〇〇万円の約束手形も約定どおりに提出され、満期に支払われた。また、建物一階の店舗部分は、約定の期日に引渡がされた。

ところが、二階部分以上の工事について、昭和五〇年九月ごろ以降、被控訴人から訴外会社に対し、工事が設計図どおりに行われていないとの苦情の申入れがしばしばされるようになり、被控訴人の要求で工事の手直しが何回も行われた。昭和五〇年一二月末の時点で、被控訴人としては建物はまだ完成していないと考えており、建物引渡時に交付する旨約していた工事代金残額相当の約束手形は振出さないつもりであつたが、訴外会社から、昭和五一年春までには工事の手直しを完了するので、工事代金残額全部に見合う手形を振出してもらいたいと懇願されたので、被控訴人は、昭和五〇年一二月末に、訴外会社に宛てて手形(一)ないし(五)及び満期を昭和五一年九月三〇日、金額を六六七万円とする約束手形一通(合計金額四〇〇二万円)を振出、交付した。

しかし、訴外会社は右の手直し工事をしなかつたので、被控訴人は訴外会社が約束を履行しないとして、右約束手形をいずれも決済しなかつた。

2  手形(一)の満期である昭和五一年四月三〇日にその支払が拒絶された後に、訴外会社の代表者小塚幸夫に対し、被控訴人の代表者も控訴人もともに韓国籍であり、控訴人は在日韓国人団体の団長をしたことがあるから、控訴人に前記手形六通の取立を依頼したらどうかとすすめる者があつたので、そのころ訴外会社の代表者は控訴人に会い、右約束手形金債権の取立を依頼し、全額の取立が成功した場合には、その報酬として五〇〇万円ないし一〇〇〇万円を支払うことを約した。取立の方法は控訴人に一任することにしたが、取立のための訴訟を提起することも予定されていた。

そして、訴外会社は、右のような趣旨で、手形(一)及び(二)を、これらがそれぞれの満期又はその翌日に支払を拒絶された後に控訴人に渡し、その後更に手形(三)ないし(五)を控訴人に渡した。

なお、本件訴訟において当初証拠として提出された本件手形(原審昭和五一年(ワ)第一三〇三号事件における甲第一、第二号証及び昭和五二年(ワ)第六八七号事件における甲第一ないし第三号証)には、いずれも、第一裏書欄には昭和五一年四月九日付で裏書人を訴外会社、被裏書人を株式会社北海道銀行、目的を取立委任とする記載があり(但し、手形(五)すなわち原審昭和五二年(ワ)第六八七号事件における甲第三号証には取立委任を目的とする旨の記載はない。)、第二裏書欄には裏書人として控訴人が記載され、被裏書人の記載は白地であつた。その後、当審に至つて本件手形は甲第九ないし第一三号証として再度提出されたが、いずれも、第二裏書欄の記載は抹消され、第三裏書欄に裏書人として訴外会社、被裏書人として控訴人の記載が書き加えられ、手形(五)(甲第一三号証)の第一裏書欄にも取立委任の目的である旨が書き加えられている。

3  昭和五一年六月二日、庭山弁護士は、まず訴外会社の代理人として、被控訴人代表者に対し、昭和五一年一月から同年五月までに毎月六六七万円ずつ支払われるべき請負工事代金合計三三三五万円の支払を書面到達の日の翌日から五日以内になすべき旨催告するとともに、右の支払のないときには請負契約を解除するから、直ちに建物を明渡すようにという趣旨の内容証明郵便を発した。

なお、訴外会社の代表者は、この六月二日以前に控訴人に会い、前記約束手形の取立を依頼しており、また、控訴人の紹介で庭山弁護士にも会つていた。

これに対して、同月七日被控訴人代表者の代理人馬見弁護士は、庭山弁護士に対して、訴外会社の建築工事は手抜き工事であり、同社は約束の手直し工事もしないから、被控訴人代表者には右工事代金支払の義務はなく、訴外会社の支払請求は拒絶する旨の内容証明郵便を送付した。

すると同月一一日、庭山弁護士は、控訴人の代理人として、被控訴人代表者に対し、訴外会社と被控訴人代表者との間の建物新築工事請負契約は被控訴人代表者の債務不履行によつて解除され、かつ、控訴人が訴外会社から右建物を買受けたから、即時これを控訴人に明渡してもらいたいとの内容証明郵便を発した。

また、そのころ控訴人は、被控訴人代表者のもとを訪れ、被控訴人が訴外会社に宛てて振出した手形はすべて自分の手中にある、前記建物の管理を控訴人に依頼する旨の委任状を渡してくれれば、被控訴人とその債権者間の問題は自分が処理してやる、などと申し向け、また、早く建物を出て行かないと住んでいられなくなるとの趣旨の脅迫電話を被控訴人代表者方に何回もしてきた。

4  控訴人は、当時訴外会社に対して何ら債権を有せず、逆に訴外会社に対し二〇五万円の貸金債務を負担していた。訴外会社は昭和五一年一一月二二日に札幌地方裁判所に対し和議開始の申立をしたが、昭和五二年一月三一日付の整理委員作成の調査報告書にも右二〇五万円は控訴人に対する取立不能の貸付金として計上されている。

また、右調査報告書は、昭和五一年一一月三〇日を基準日として作成されているが、手形(一)ないし(五)を含む被控訴人振出の手形(金額合計四〇〇二万円)については、取立不能の受取手形であるとされ、貸倒損失として計上されている。

5  訴外会社は、被控訴人代表者を被告として、工事代金残額の請求訴訟を提起し、現に係属中であり、また、昭和五一年九月二五日有限会社本江建築デザイン研究所を被告として、前記工事代金についての保証債務の履行を求める訴訟を提起している。

以上の事実が認められる。

原審において控訴人本人は、手形(一)ないし(四)は、いずれも昭和五一年四月中に裏書譲渡を受けたものであり、その時点で控訴人は訴外会社に対し七〇〇万円の設計料債権を有していたので、その支払のためこれら手形の譲渡を受けたものであると供述している。そして、弁論の全趣旨により成立を認めうる当審提出の甲第四号証の一ないし四、同じく弁論の全趣旨により控訴人主張のような写真であると認められる当審提出の甲第六ないし第八号証によれば、控訴人を代表者とし、建築設計及び監理業務等の事業を営むことを目的とする株式会社工友建築設計事務所は、昭和五一年四月一四日、その建築士事務所について北海道知事の登録を受け、昭和五四年二月当時も、右建築士事務所の所在地とされている札幌市中央区南三条西一丁目九番地の建物内にはその看板が掲げられていることが認められるが、このことだけでは前記設計料債権の存在を裏付けるには十分ではないことはいうまでもなく、控訴人の右供述は前記認定の事実に照らしてとうてい措信することができない。

他に前記認定の事実を覆すに足りる証拠はない。

なお、本件記録によれば、本件手形訴訟が提起されたのは、手形(一)及び(二)については昭和五一年七月六日、手形(三)ないし(五)については同年九月二四日である。

以上認定の事実によれば、訴外会社から控訴人への本件手形の裏書は、取立委任のためにされたもので、訴外会社が自己の有する手形債権の取立のため、その手形上の権利を信託的に控訴人に移転したものであり、訴外会社は、本件手形金債権の任意弁済の可能性のない状況の下において、みずから手形金請求の訴訟を提起した場合に予想される被控訴人の人的抗弁を切断するためもあつて、控訴人に訴訟手続に添えてでもこれを取立てることを委任し、その取立の訴訟を提起させることを主たる目的として右裏書をしたものと推認するのが相当である。したがつて、右裏書は訴訟行為をさせることを主たる目的としてされたものであり、信託法一一条に違反し、無効のものといわなければならない。

三よつて、控訴人の本訴請求は理由がないから失当であり、これを認容した手形判決を取消し、右請求を棄却した原判決は相当である。したがつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(輪湖公寛 寺井忠 矢崎秀一)

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